三輪素麺の歴史

STORY三輪素麺の歴史

そうめん発祥の地、大和・桜井・三輪
そこは悠久の神話世界

そうめん発祥の歴史を遡ると、大和の国の三輪(奈良県桜井市)に辿り着きます。三輪は、三輪山をご神体として拝する日本最古の神社、大神(おおみわ)神社を擁する風光明媚な万葉の里です。

三輪山から北へ連なる山裾を縫うように延びる日本最古の道「山の辺の道」は、古代の面影を色濃く残し、万葉の人々の息づかいが伝わってきます。

邪馬台国の女王、卑弥呼の墓ともいわれ、癒しと活力を与えてくれるパワースポットとしても人気の箸墓古墳をはじめ、古社寺、万葉歌碑など、多彩な伝承の舞台が広がります。この地を訪れる者を古代の神話世界へと誘ってくれることでしょう。

そうめん誕生の秘密
日本最古の大神神社へ

大神神社の境内にある狭井神社には薬井戸があり、霊験あらたかな神水が今もなお湧き出ています。清らかな水の恵み、聖なる山から吹く清らかな風の恵みから三輪そうめんは生まれました。

今を遡ること千二百有余年。大神神社のご祭神の子孫である従五位上大神朝臣狭井久佐の次男、穀主(たねぬし)が飢饉と疫病に苦しむ民の救済を祈願し、神の啓示を賜りました。

仰せのままに肥沃な三輪の里に小麦を撒き、その実りを水車の石臼で粉に挽き、癒しの湧き水でこね、延ばして糸状にしたものが、そうめんの起源とされています。その後、三輪そうめんはお伊勢参りの途中で訪れた人々を魅了し、手延べの製法も播州(兵庫県)、小豆島、島原へと伝わり、日本を代表する伝統食となったのです。

細きこと糸の如く 白きこと雪の如し
”日本一”と評される三輪そうめん

江戸時代の美食カタログ「日本山海名物図絵』によると、当時からそうめんが全国で楽しまれ、三輪そうめんは日本一と絶賛されていたことがわかります。良質の小麦粉と塩、三輪の清水、三輪山から盆地に吹き下ろす北風〈三輪おろし〉。

三輪そうめんのおいしさは、この地ならではの恵まれた気候風土の賜物です。さらに、国の定める品質表示基準よりも厳しい自主基準を設け、工程のすべてに人の手が加わる伝統製法が受け継がれています。

喉越しなめらかでコシの強い、本物のそうめんをぜひ味わってみてください。大和桜井は、そうめん以外にも、酒造り、芸能、相撲など、さまざまな”はじまりの地”としての魅力がいっぱい。古代ロマンや自然の絶景、伝統の美食を巡る時空の旅へと出かけましょう。


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